鬼滅異譚・参 願いの彼方
登録日:25年06月15日
作品紹介
巻ノ壱
その日は七夕の夜だった。蝶屋敷でも子どもたちが楽しげに竹へと短冊を飾っている。
折しもよく晴れて夜の空には天の川もよく輝いていた。
「みんな楽しそうで何よりです」
縁側でその様子を見ながらしのぶは義勇に茶を渡す。
「何でも仙台のものが有名らしい」
大ぶりの竹を持ってきてくれた男はそう言う。軽く頼んだだけだったのだが、生真面目な彼はしっかりと約束を果たし、子どもらを喜ばせてくれた。
「そうなんですか?」
「ああ、よくは知らないが、昔に姉がそう言っていたことを思い出した。かなりの規模らしい」
「へえ、きっと賑やかなんでしょうね」
見たこともないから想像もつかないが、きっと今蝶屋敷にある竹のようなものたちが沢山飾られているのだろうか。
「ここも賑やかだが」
「あなたがずいぶん立派な竹を持ってきてくださいましたからね」
実際燥(はしゃ)ぐ声が眩しいくらいに聞こえてくる。見ているだけで微笑ましい。
「丁度よいのがあった」
謙遜でも何でもない事実を彼は述べた。しのぶに頼まれ、特に問題がないので受けたのだ。男の自分の方が大きい竹を持ち帰れる、それだけのことだ。
何故自分だったのかと思わないことはないが、それでも断る理由が彼にはなかった。
「あなたは願わないんですか?」
ふいにそうしのぶが尋ねてくる。
「お前こそだろう」
願い事を短冊に書く、子どもらが楽しんでいるのだから彼らも本来なら加わるべきだった。
「……願っても叶いませんから」
しのぶはただそれだけを口にした。彼女の願いはもう叶うことはないから。
「それをあの子たちに言えるのか?」
義勇はその物言いが気になり、少し咎めるようにそう尋ねた。
「言えるわけないでしょう!」
思わず大声になりかけたが、抑えてしのぶはそう否定する。
そんな真似出来るはずもない。そう、子どもらはあんなに楽しそうなのに、それを邪魔するようなことなんてしのぶにできはしなかった。
「ならば否定するのはおかしい」
静かに彼はそう言う。
「むしろ、あの輪に入って一緒に七夕をしてやるべきだろう」
彼らしからぬ提案に驚きつつ、それを素直に伝えた。
「何ですか、藪から棒に。だいたい、今日のあなたはずいぶんお喋りですね」
「そうか? ……星空のせいかもしれん」
「まあ、そりゃあ、確かに綺麗ですけど」
二人で何とはなしに見上げた空は眩しいくらいに輝いており、本当に美しかった。まるでこの世界に憎い鬼なぞいないように思えるほど勘違いしたくなるほどにだ。
「ねえ、あなたの願いは何なんですか?」
ふと義勇の願いは何だろうかと気になり、しのぶは問うた。
「お前は?」
「は?」
「人にものを問うのなら先ずお前から言うべきだ」
「本当にあなたのくせに珍しく饒舌ですね」
「それはもういい。それよりもお前の願いは何だ?」
「しつこいですね。先ほど言いましたよ。私には叶う願いなんてないと」
「それは偽りだろう」
「――!」
それはなかなかの追撃だった。しのぶの本心を突いたと言ってもいい。
「それはどういう意味ですか?」
「言葉の通りだが」
彼女が問い返すとそう返ってきた。言葉に嘘はないらしい。彼は藍色の瞳で静かに彼女の紫色の瞳を覗いてくる。
その真摯な様にどうしようもない動揺を感じて、視線をそらした。
こんなふうに見つめられると胸が騒ぐのは何ででしょうか。
「……あなたのから聞かせてくれたら話しましょう」
そしていつの間にか口からそんな言葉が零れてしまっていた。
「俺から?」
「そうです」
少し考えてから義勇は一言だけ口にする。
「悪鬼滅殺」
「それはあくまで鬼殺隊のあなたのですよね? そうではなくてあなた自身の願いです」
「俺自身の願い、か」
「そうです、あなたが本音を言うのであれば私も考えます」
「考えますで逃げるつもりなら答えないが」
「……」
思考を読まれるというのはこういうことなのだろうか。実際、しのぶは確かにそうするつもりでいたのだから。「願いなんて……」
ないと再度言おうとしたが、そこで言葉が続かなかった。敵を倒すというのもまた願いの一つではないかと気が付いたからだ。
復讐が私の願い、か。
それが少し空しく感じた。
「人が人である限り願いは生まれるそうだ」
しのぶの様子を見て、義勇は話題を振ってみる。かつて姉が言ったことだが、今言うべきだと判断した。
「お姉さんの言葉ですか?」
「そうだ、姉はとても信心深いところがあったからな」
「カナエ姉さんもそういうところありましたっけ」
思い返せば七夕は姉が死んでから参加していなかったような気がする。それまでは暢気に楽しんでいた行事の一つだ。
楽しかった思い出を思い起こした。
そう、あの日々は嘘ではない。しのぶにとって素敵な、大事な思い出たち。
それを否定するような真似はしたくない。
「今日くらいは……素直に願いを言ってもいいのかも知れませんね」
ぽつりとだからそう呟いていた。
「七夕だからそれでいいと思う」
「私は……そうですね、いつかもし来るなら桜をゆっくり見たいです」
「桜か」
「ええ、きっと綺麗なのでしょう」
「その願いなら叶えられそうだろうに」
「……そうだといいですけどね」
何やら含みを持たせた言い方をし、しのぶは言葉を濁した。そんなのはたとえ来年が来たとしてもないと知ってるからだ。
「……お前が何かを決意し、何をなそうとしているのかを聞くつもりは今のところないが」
そこで一旦義勇は言葉を切り、少し強い調子で続けた。
「それは今だからであってこれから先、聞かないとは言わない」
「意味が分かりませんよ?」
「お前は俺によく人と話せと言うが、お前もまたそうすべきだろう」
「――っ」
この人に再度、痛い所を突かれるとは。まさかこの人に言われるなんて!
「そ、それはあなたが実践してくれたら考えます」
「俺がか?」
「ええ、あなたがです」
ふむと言いながら義勇は頷いた。
「分かった、考えておこう」
その落ち着いた様子が何となく癪に障り、しのぶは可愛くない言い返しをしながら彼を見つめる。
「あなたも素直じゃないですよね」
「お前が言うか」
若干睨み合いのようにもなったが、それ以上は互いに言葉を紡ぐことはなかった。
ただ庭で楽しそうな子どもたちを見つめるだけだ。
もやもやとしたものを抱えたまま、しのぶは複雑な思いを残すのだった。
‡ ‡ ‡
鬼を倒す――それが私の役目、義務、勤め。
そのためにここにいる。
そんな日々が当たり前。
ふと疑問を覚えるのはこんな時だ。
雨の日。
そしてまた任務がない日。
ああ、ろくなことを考えない。
ふと見遣れば七夕の竹が濡れている姿が見えた。
色とりどりの願いが書かれた短冊たち。
あの日の賑やかさが幻想のようにすら見えてしまう。
願い、願い、願い。
叶うならば、叶うのならば……
そんなことを考えるのは何故なのか。
不思議な気分だ。
雨の中では星も見えない。
願いをかけるのは出来ない。
本当に?
雲の向こうには星は確かに存在しているのに。
そんなことを考えるのはきっと天気のせいだ。
雨の日は憂鬱になる。
あの日、何故あんなことを彼は聞いてきたのだろうか。
そのことが時折、彼女の思考を支配してしまうことがある。
普段は必要なことすら話さないくせに。
そうは思っても、あの日のことは忘れられない。
人の心なんて読めないし、読めたとしてもいいことなんて無いだろう。
しのぶの本心、義勇の本心。
互いがそれを理解し合えることがあるのだろうか?
いや、そもそもそれが必要なこと?
ぐるぐる回る想いが何処か切ない。
どうしてだろう。
分からない、分かりたくない。
だって私に未来なんてないから。
もう決まっている復(こ)讐(と)があるから。
譲れない、これだけは譲れない。
そう思うのに。
準備だってして来た。
もうじきカナヲにも残酷なことを言わなければならない。それなのに。
大分笑うようになった妹を見続けられればと考えることは当然ある。
そうなれば複雑な感情がしのぶの中に幾重にも湧いてきて、抑制が利かなくなるのだ。
感情の制御ができないのは、未熟者……!
自分をそう叱咤するも乱れた気持ちを整理するのは難しい。
本当に何なんでしょうね。
自分の中にある不可解な感情に悩みながら庭を眺め続けるのだった。
折しもよく晴れて夜の空には天の川もよく輝いていた。
「みんな楽しそうで何よりです」
縁側でその様子を見ながらしのぶは義勇に茶を渡す。
「何でも仙台のものが有名らしい」
大ぶりの竹を持ってきてくれた男はそう言う。軽く頼んだだけだったのだが、生真面目な彼はしっかりと約束を果たし、子どもらを喜ばせてくれた。
「そうなんですか?」
「ああ、よくは知らないが、昔に姉がそう言っていたことを思い出した。かなりの規模らしい」
「へえ、きっと賑やかなんでしょうね」
見たこともないから想像もつかないが、きっと今蝶屋敷にある竹のようなものたちが沢山飾られているのだろうか。
「ここも賑やかだが」
「あなたがずいぶん立派な竹を持ってきてくださいましたからね」
実際燥(はしゃ)ぐ声が眩しいくらいに聞こえてくる。見ているだけで微笑ましい。
「丁度よいのがあった」
謙遜でも何でもない事実を彼は述べた。しのぶに頼まれ、特に問題がないので受けたのだ。男の自分の方が大きい竹を持ち帰れる、それだけのことだ。
何故自分だったのかと思わないことはないが、それでも断る理由が彼にはなかった。
「あなたは願わないんですか?」
ふいにそうしのぶが尋ねてくる。
「お前こそだろう」
願い事を短冊に書く、子どもらが楽しんでいるのだから彼らも本来なら加わるべきだった。
「……願っても叶いませんから」
しのぶはただそれだけを口にした。彼女の願いはもう叶うことはないから。
「それをあの子たちに言えるのか?」
義勇はその物言いが気になり、少し咎めるようにそう尋ねた。
「言えるわけないでしょう!」
思わず大声になりかけたが、抑えてしのぶはそう否定する。
そんな真似出来るはずもない。そう、子どもらはあんなに楽しそうなのに、それを邪魔するようなことなんてしのぶにできはしなかった。
「ならば否定するのはおかしい」
静かに彼はそう言う。
「むしろ、あの輪に入って一緒に七夕をしてやるべきだろう」
彼らしからぬ提案に驚きつつ、それを素直に伝えた。
「何ですか、藪から棒に。だいたい、今日のあなたはずいぶんお喋りですね」
「そうか? ……星空のせいかもしれん」
「まあ、そりゃあ、確かに綺麗ですけど」
二人で何とはなしに見上げた空は眩しいくらいに輝いており、本当に美しかった。まるでこの世界に憎い鬼なぞいないように思えるほど勘違いしたくなるほどにだ。
「ねえ、あなたの願いは何なんですか?」
ふと義勇の願いは何だろうかと気になり、しのぶは問うた。
「お前は?」
「は?」
「人にものを問うのなら先ずお前から言うべきだ」
「本当にあなたのくせに珍しく饒舌ですね」
「それはもういい。それよりもお前の願いは何だ?」
「しつこいですね。先ほど言いましたよ。私には叶う願いなんてないと」
「それは偽りだろう」
「――!」
それはなかなかの追撃だった。しのぶの本心を突いたと言ってもいい。
「それはどういう意味ですか?」
「言葉の通りだが」
彼女が問い返すとそう返ってきた。言葉に嘘はないらしい。彼は藍色の瞳で静かに彼女の紫色の瞳を覗いてくる。
その真摯な様にどうしようもない動揺を感じて、視線をそらした。
こんなふうに見つめられると胸が騒ぐのは何ででしょうか。
「……あなたのから聞かせてくれたら話しましょう」
そしていつの間にか口からそんな言葉が零れてしまっていた。
「俺から?」
「そうです」
少し考えてから義勇は一言だけ口にする。
「悪鬼滅殺」
「それはあくまで鬼殺隊のあなたのですよね? そうではなくてあなた自身の願いです」
「俺自身の願い、か」
「そうです、あなたが本音を言うのであれば私も考えます」
「考えますで逃げるつもりなら答えないが」
「……」
思考を読まれるというのはこういうことなのだろうか。実際、しのぶは確かにそうするつもりでいたのだから。「願いなんて……」
ないと再度言おうとしたが、そこで言葉が続かなかった。敵を倒すというのもまた願いの一つではないかと気が付いたからだ。
復讐が私の願い、か。
それが少し空しく感じた。
「人が人である限り願いは生まれるそうだ」
しのぶの様子を見て、義勇は話題を振ってみる。かつて姉が言ったことだが、今言うべきだと判断した。
「お姉さんの言葉ですか?」
「そうだ、姉はとても信心深いところがあったからな」
「カナエ姉さんもそういうところありましたっけ」
思い返せば七夕は姉が死んでから参加していなかったような気がする。それまでは暢気に楽しんでいた行事の一つだ。
楽しかった思い出を思い起こした。
そう、あの日々は嘘ではない。しのぶにとって素敵な、大事な思い出たち。
それを否定するような真似はしたくない。
「今日くらいは……素直に願いを言ってもいいのかも知れませんね」
ぽつりとだからそう呟いていた。
「七夕だからそれでいいと思う」
「私は……そうですね、いつかもし来るなら桜をゆっくり見たいです」
「桜か」
「ええ、きっと綺麗なのでしょう」
「その願いなら叶えられそうだろうに」
「……そうだといいですけどね」
何やら含みを持たせた言い方をし、しのぶは言葉を濁した。そんなのはたとえ来年が来たとしてもないと知ってるからだ。
「……お前が何かを決意し、何をなそうとしているのかを聞くつもりは今のところないが」
そこで一旦義勇は言葉を切り、少し強い調子で続けた。
「それは今だからであってこれから先、聞かないとは言わない」
「意味が分かりませんよ?」
「お前は俺によく人と話せと言うが、お前もまたそうすべきだろう」
「――っ」
この人に再度、痛い所を突かれるとは。まさかこの人に言われるなんて!
「そ、それはあなたが実践してくれたら考えます」
「俺がか?」
「ええ、あなたがです」
ふむと言いながら義勇は頷いた。
「分かった、考えておこう」
その落ち着いた様子が何となく癪に障り、しのぶは可愛くない言い返しをしながら彼を見つめる。
「あなたも素直じゃないですよね」
「お前が言うか」
若干睨み合いのようにもなったが、それ以上は互いに言葉を紡ぐことはなかった。
ただ庭で楽しそうな子どもたちを見つめるだけだ。
もやもやとしたものを抱えたまま、しのぶは複雑な思いを残すのだった。
‡ ‡ ‡
鬼を倒す――それが私の役目、義務、勤め。
そのためにここにいる。
そんな日々が当たり前。
ふと疑問を覚えるのはこんな時だ。
雨の日。
そしてまた任務がない日。
ああ、ろくなことを考えない。
ふと見遣れば七夕の竹が濡れている姿が見えた。
色とりどりの願いが書かれた短冊たち。
あの日の賑やかさが幻想のようにすら見えてしまう。
願い、願い、願い。
叶うならば、叶うのならば……
そんなことを考えるのは何故なのか。
不思議な気分だ。
雨の中では星も見えない。
願いをかけるのは出来ない。
本当に?
雲の向こうには星は確かに存在しているのに。
そんなことを考えるのはきっと天気のせいだ。
雨の日は憂鬱になる。
あの日、何故あんなことを彼は聞いてきたのだろうか。
そのことが時折、彼女の思考を支配してしまうことがある。
普段は必要なことすら話さないくせに。
そうは思っても、あの日のことは忘れられない。
人の心なんて読めないし、読めたとしてもいいことなんて無いだろう。
しのぶの本心、義勇の本心。
互いがそれを理解し合えることがあるのだろうか?
いや、そもそもそれが必要なこと?
ぐるぐる回る想いが何処か切ない。
どうしてだろう。
分からない、分かりたくない。
だって私に未来なんてないから。
もう決まっている復(こ)讐(と)があるから。
譲れない、これだけは譲れない。
そう思うのに。
準備だってして来た。
もうじきカナヲにも残酷なことを言わなければならない。それなのに。
大分笑うようになった妹を見続けられればと考えることは当然ある。
そうなれば複雑な感情がしのぶの中に幾重にも湧いてきて、抑制が利かなくなるのだ。
感情の制御ができないのは、未熟者……!
自分をそう叱咤するも乱れた気持ちを整理するのは難しい。
本当に何なんでしょうね。
自分の中にある不可解な感情に悩みながら庭を眺め続けるのだった。
巻の弐
その日、しのぶは任務に従事していた。
一匹の鬼が目の前に立ちはだかり、彼女を威嚇してくる。
人語を解するほどの成長はしていないのか、聞こえてくるのは耳障りな唸り声だけだ。
攻撃も突進してくるだけの単調なものであり、隙が多い。
しかしそれでも鬼だから放ってくる一撃は十分強力なものがあり、油断ならぬものはある。
それはそうなのだが、しのぶに言わせればこの程度だ。
それなのに隊士たちは翻弄されていた。
鬼が恐いのだ。当たり前だが。
この程度の任務でさえもこなせない隊士が増えているのか。
それは鬼殺隊にとってよいことではない。
幸い、死人が出ていないことだけがましですか。
遊んでいる暇などないから目前の鬼はさっさと倒すことにする。人語を解さないのでいつもの口調は出なかった。
鬼となかよし、なんて反吐の出る言葉!
それは彼女の本音、本心。
だが、それをみだりに出すわけにはいかない。柱なのだから冷静であるべきなのだ。
隊士の見本とならねば。
すっと動き、技を繰り出していく。
「蝶ノ舞 戯れ……」
しのぶは静かにそう言い、目前の鬼を屠(ほふ)った。毒が回った鬼はあっさりと滅んでいく。
弱い鬼だ。僥倖なことにまだ鬼になったばかりなのか、然程苦労はしなかった。
そもそも今日の鬼は柱たるしのぶが相手にするほどではなかったが、幸い急ぎの任務もなかったため、下級隊士を守る意味もあって駆け付けた。
けれど、この程度では……
正直、問題があると思った。修練をしているのは分かるが、上弦が出てきている昨今では心許ないと感じる。
しのぶが不安に思うくらいなのだから、柱たちもそれは感じているはずだろう。
炭治郎たちが特殊ではあるのだ。短期間であの伸びは滅多にない。
幾ら育手から手ほどきを受け、試練を乗り越えてもそれで終わりなわけでは当然なかった。結局、それは終わりなき戦いの序章に過ぎず、鬼がいる限り戦い続けなければならない。
鬼殺隊というところはそういう役目だ。
誰もが分かっているが、分かっていない。
大きな負傷者もいないのでしのぶはその場を隠に任せて、去ることにした。
蝶屋敷へと戻る道すがら、ちょうど夜が明ける時間になり、空には明けの明星が見える。
そのまま夜が明ける様を何とはなしに眺めているとふと思い出した。
星と言えば。
あの七夕からもう大分経っている。
結局、互いに願い事を吐露することなく終わり、有耶無耶になっていた。
その間にも義勇とは合同任務を何度もこなし、ともに鬼を倒している。
あの人もこの歯がゆさは感じているのだろうか。
鬼殺隊がこのままではよくない。それは柱ならば尚更だ。
柱の犠牲も有り得るのが現状だ。柱とて人間であるが故に、いつでも死が近い。
強いからこそ、だ。
今も柱たちは過酷な任務に就いている。
隊士たちも勿論頑張ってはいる。それでも足りないのだ。
それほどに鬼たちは強力で、得体が知れない。
「そう言えば炭治郎君たちは煉獄さんと合同任務でしたっけ」
伸びの早い彼ではあるが、それでもまだ下級の隊士だ。
「煉獄さんが一緒であれば大丈夫でしょう……」
そう思いつつも、何処か不安を感じるしのぶだった。
一匹の鬼が目の前に立ちはだかり、彼女を威嚇してくる。
人語を解するほどの成長はしていないのか、聞こえてくるのは耳障りな唸り声だけだ。
攻撃も突進してくるだけの単調なものであり、隙が多い。
しかしそれでも鬼だから放ってくる一撃は十分強力なものがあり、油断ならぬものはある。
それはそうなのだが、しのぶに言わせればこの程度だ。
それなのに隊士たちは翻弄されていた。
鬼が恐いのだ。当たり前だが。
この程度の任務でさえもこなせない隊士が増えているのか。
それは鬼殺隊にとってよいことではない。
幸い、死人が出ていないことだけがましですか。
遊んでいる暇などないから目前の鬼はさっさと倒すことにする。人語を解さないのでいつもの口調は出なかった。
鬼となかよし、なんて反吐の出る言葉!
それは彼女の本音、本心。
だが、それをみだりに出すわけにはいかない。柱なのだから冷静であるべきなのだ。
隊士の見本とならねば。
すっと動き、技を繰り出していく。
「蝶ノ舞 戯れ……」
しのぶは静かにそう言い、目前の鬼を屠(ほふ)った。毒が回った鬼はあっさりと滅んでいく。
弱い鬼だ。僥倖なことにまだ鬼になったばかりなのか、然程苦労はしなかった。
そもそも今日の鬼は柱たるしのぶが相手にするほどではなかったが、幸い急ぎの任務もなかったため、下級隊士を守る意味もあって駆け付けた。
けれど、この程度では……
正直、問題があると思った。修練をしているのは分かるが、上弦が出てきている昨今では心許ないと感じる。
しのぶが不安に思うくらいなのだから、柱たちもそれは感じているはずだろう。
炭治郎たちが特殊ではあるのだ。短期間であの伸びは滅多にない。
幾ら育手から手ほどきを受け、試練を乗り越えてもそれで終わりなわけでは当然なかった。結局、それは終わりなき戦いの序章に過ぎず、鬼がいる限り戦い続けなければならない。
鬼殺隊というところはそういう役目だ。
誰もが分かっているが、分かっていない。
大きな負傷者もいないのでしのぶはその場を隠に任せて、去ることにした。
蝶屋敷へと戻る道すがら、ちょうど夜が明ける時間になり、空には明けの明星が見える。
そのまま夜が明ける様を何とはなしに眺めているとふと思い出した。
星と言えば。
あの七夕からもう大分経っている。
結局、互いに願い事を吐露することなく終わり、有耶無耶になっていた。
その間にも義勇とは合同任務を何度もこなし、ともに鬼を倒している。
あの人もこの歯がゆさは感じているのだろうか。
鬼殺隊がこのままではよくない。それは柱ならば尚更だ。
柱の犠牲も有り得るのが現状だ。柱とて人間であるが故に、いつでも死が近い。
強いからこそ、だ。
今も柱たちは過酷な任務に就いている。
隊士たちも勿論頑張ってはいる。それでも足りないのだ。
それほどに鬼たちは強力で、得体が知れない。
「そう言えば炭治郎君たちは煉獄さんと合同任務でしたっけ」
伸びの早い彼ではあるが、それでもまだ下級の隊士だ。
「煉獄さんが一緒であれば大丈夫でしょう……」
そう思いつつも、何処か不安を感じるしのぶだった。